争点なき「出直し選」~どうみる
佐々木信夫
斎藤元彦兵庫県知事が9月30日で失職。兵庫県では新たな知事選が11月10日に行われる模様だ。斎藤氏の在職中の公益通報の違法な扱い、威圧的なワンマン、パワハラ、物貰い行為など、自治体のトップにふさわしくない、経営者の資質に欠けるとした9月19日の県議会一致の不信任可決を受けての新たな事態である。
不信任後10日以内に辞職か解散を判断すべきという地方自治法の規定に従わず、2002年に田中康夫長野県知事が採った「自動失職後、出直し選に出馬する」との前例を念頭に9月26日、30日付で自動失職した上で知事選に再度立候補する考えを表明した。「県立大の授業料無償化など若者の支援に取り組んできた」「これからも改革を進め」「新たな兵庫県をつくっていく歩みを続けたい」との理由からだ。
仮にこの動きを是とみるとして、では次期知事選の争点は何か。いま見えてくるのは「斎藤県政を続けるかどうか」ぐらいしかない。かつての他県例のように政策問題や改革問題で知事と議会が対立し、県民に判断を求めた争点とは質的に異なる。異例の「知事(経営者)の資質を問う」のが争点だ。
都道府県議会から知事が不信任議決を受けた事例は今回で5例目。失職を選び、出直し選に出馬するのはこれまで長野県の田中康夫知事(02年)、徳島県の大田正知事(03年)の2例のみ。長野の例は「脱ダム宣言」などで対立した田中康夫知事(当時)に県議会が不信任案を可決。田中氏は自らの脱ダム宣言は間違っていないと失職を選び、知事選に再出馬し当選している。不信任を受けた後も知事を続けられたのは田中氏のみだが、その田中氏も4年後、県政の混乱は避けられず、3選できずに長野県政を去っている。
さて、兵庫の斎藤知事の判断をどうみるかだ。今回、公益通報への知事の対応に問題があったことは明白ではないか。議会が突きつけた不信任決議の意味を無視して出直し選に出馬する判断は間違っていると診る。知事は会見で辞職や解散は当初から考えていなかった、辞職しないのは自らに非はないとの理由を挙げた。議会の不信任議決についても、一連の問題を巡り「知事が職を辞すべきことなのか」と述べ、納得できないとした。では9月19日の不信任議決後、なぜそう述べなかったのか。
議会の不信任は、知事の資質そのものを全会一致で不適格と判断したものだ。議員の総意をあまりにも軽んじていないだろうか。そして失職後に再出馬するという説明は、さらに理解しがたい。不信任を受け、出直し選に挑んだ知事は先に述べた通り、過去に2人いるが、長野の田中氏も徳島の大田氏も政治理念や政策で議会と対立し、改めてそれらの是非を問うための出馬だった。兵庫の斎藤氏の場合何を問う。
公益通報の対応を巡る知事の資質そのものが問われているのは事実だ。これまでの他県例と全く様相が違う。不信任に至った要因は、県幹部だった男性の内部告発を知事が公益通報として扱わず、側近職員による尋問まがいの調査で男性を懲戒処分した点にある。男性は7月に死亡。自死とみられている。県議会の百条委員会の証人喚問などをみる限り、知事や県の公益通報を巡る対応は、通報者への不利益な取り扱いや、通報者の特定を禁止した公益通報者保護法の趣旨に違反していたことが明らかとなっている。威圧的なこのやり方に明確な説明責任を果たしていない。
法律で認められているからといって、自分の誤りを認めず、県民のお墨付きを得て続投しようという判断は筋違いではないか。率直に議会の意思を受け止めるべきではなかったか。出馬の理由を「さらに改革を進めるため」と説明しているが、仮に当選して新たに4年の任期を得たとしても、議会との信頼関係が失われている現状では、自分の考えるような改革を進めるのは難しいのでは。長野の先例もそうだった。
百条委や県の第三者調査委員会による調査は、いずれも年度内には終わる予定と言うが、結論が出た段階で知事の重い責任が改めて問われる事態が想定される。再不信任議決はないのか。これ以上、県民不在の政治を続けてはならない。兵庫県民は、時代のページを新たに開くべきである。18億円の選挙費用、11月10日までの政治空白を経てもなお「得るものがある」、そうなる知事選になるよう期待したい。